もりもり食べる

日々考えたことをきままに綴るブログです

旦那さんがパソコンを直してくれた

昨日の久保みねヒャダこじらせナイトの最終回で、久保さんが言っていた言葉。

「新陳代謝のようにまた生まれ変わればいい」(正確ではない)

 

とくにそれに関して感想を持ったわけではないのだけれども、心に残る言葉だったので、この言葉から連想させて過去のことを振り返ってみた。

 

 

私が高校2年生まで暮らしていた社宅の上の階には、「みほちゃん」という同い年の女の子が住んでいた。

2才からともに一緒の時間を過ごし、幼稚園は別だったが、帰ると必ずその子と遊んでいたし、小学校に上がってからも同じ小学校・同じクラスで長いこと時間を共有してきた。

学校から帰ってきてからもお互いの家を行き来したり、電話をしたり。とにかく二人で一緒にいるのが楽しくて、喧嘩をしてもすぐ仲直りをし、また遊んだ。

 

そんなある日、突然、みほちゃんの引っ越しが決まったと私に言ってきた。

小学二年生の3月だった。

随分前のことなのに、今でも憶えている。お互い泣きながら会話を続けた。

 

引っ越すという言葉に対して、私はこう言った。

「嬉しいんだか、悲しいんだかわからないよ。」

なぜこの言葉を選んだのかは思い出せない。強がりだったのか、悲しませたくなかったのか。なんて言っていいのか分からなかったのだと思う。

 

そして引っ越し当日は、お互い泣きながら別れを告げた。

それから中学を卒業するまでの7年間、私はそれを引きずった。

ちょうど、一緒に過ごした時間と同じだけ、傷を癒すのに時間がかかった。 

 

 

でも、今はもう全く連絡をとっていない。

 

 

これは、新陳代謝だったんだろうと思う。

(脱皮と表現したほうがしっくりくるが。)

それ以降、私はみほちゃんと誰かを比較することなく友人を作れるようになったし、人との別れも怖くなくなった。

出会いもあれば別れもある、ご縁があればまた絶対に会えるし、人生楽ありゃ苦もあるさ。そう考えられるようになった。

 

 

成長に必要な別れだったのだと今ではそう思える。

別れって新陳代謝の一部だったのか。

 

※今日の体重 53.90㎏ 💩 〇