もりもり食べる

日々考えたことをきままに綴るブログです

考えるのが好き

● 本質

料理教室の先生に言われた言葉

「本質を考えなさい」

 

この言葉の威力ってすごいなと思う。

意識して考えるようになってから、この言葉の力がいたる場面で発揮されている。

旦那さんの塾の件に関してもそう。

 

人との出逢いはとても大切だと思うし、その中で生まれた言葉がのちのち自分を救うことが沢山ある。

なにげない一言が心に残ることもあるが、熱を帯びた言葉は胸につき刺さる。私自身を変えてくれる力もある。

 

言葉って本当にすごい。

 

● 仕事とは?

大学時代、ゼミの先生にこの言葉を尋ねたことがある。

どう考えているのか気になって。

(中々聞きづらい質問をよくしたもんだ)

 

「仕事とは、やらなければならない仕事+α。+αを与え続けること。」

「だから、一生学び続けなければいけないの。」

 

この言葉は自分の中にいまでも残っている。

仕事をするときにいつもこの言葉が横にある。

 

● 人に優しく

社会人になってから、友人の就職試験の手伝いをしたことがあった。

面接の練習。

具体的には憶えていないが、試験日の2カ月前くらいから一緒にやっていたと思う。

 

お願いされた日に行って、練習して、帰る。

1~2時間。(途中、話したりすることもあるのでそれ以上になることもあった)

 

お願いされた日に行ったら、その子がその約束を忘れたこともあったりして、、、

なんのためにやっているのだろう?と疑問に思う日もあったのだが、やはりその子に受かって欲しかったし、頑張っている姿を見て応援したくなったので怒ることもなく練習。(もやもやはしたけれど)

 

最終的にはその子が希望したところに受かった。

公務員試験だったのだが、見事に受けるところすべて合格。

 

すべて彼女の努力の結果。そして人望。

 

努力が身を結ぶ姿を傍で見させてもらえたし、

彼女が「手伝って欲しい。」と言ったら「やるよ。」と誰か(今回なら私)が言ってくれるような人望の厚さが人生を豊かにするのだと学ばせてもらった。

 

そしてなにより、他人(友人)に見返りを求めずに奉仕できた経験が私の心を今でも豊かにしてくれている。

 

● 代々 

両親、祖父祖母、曾祖父曾祖母……

家柄に問わず、ご先祖様がいて今がある。

 

両親ももちろんだけれど、ご先祖様に応援してもらえるような生き方がしたい。

悲しませたくない。(もうこの世にいないが)

 

ご先祖様が一所懸命生きて命を繋いでくれたおかげで私がいる。

きっと私のご先祖様は優しい気持ちを持った人が多かったから、祖父も祖母も優しいし、両親も優しいし、兄も私も優しい気持ちになれるのだろう。そうでなかったら、人を憎んだり恨んだりしていたかもしれない。

 

私も次に伝える立場にあるのならば、幸せを伝えたい。

幸せというのはお金ではなく、優しさだったり考えだったり心や人生を豊かにするもの。

 

優しさや思考力はかけがえのない財産だと思う。

なにか自暴自棄になるようなことが起きてもやり直せる力を与えられる。

 

優しさはお金で買えないし、生み出そうと思ってすぐに出せるものでもない。

人から与えられた優しさの数が、その人が与えられる最低限の優しさの数だと思う。

(優しさの数が多ければ多いほど、それ以上の優しさが与えられる気がする)

 

心穏やかになれない日もあるけれど、家族にはもちろん、出逢うすべての人に優しさを与えられる存在でありたい。

八方美人的なものではなく、心からの優しさ。

 

幸せはさらなる幸せを生み出せると思うから。

 

● お金

塾の経営を引き継ぐとなるとお金の話は切っても切り離せない。

 

でもお金のことなど考えたくない。

例えぎりぎりの生活になろうとも、家族仲良く暮らし、未来ある子どもたちのためにできる最善をつくせるような環境さえあればいいというなが夫婦の考えなのだが、、、

 

お金は魔物。

 

どっかで聞いたことのあるようなセリフ。

なんだかなーって。

あわわわわ。

 

そう痛感してしまう未来にならないようにしよう。

どうなるかわからないけれど、心と信念を強く持って、優しさでむかおう。

怖いけれど、強くいる。

 

無償で愛を生み出せる社会を作るための一役を担いたい。

(無償って言葉もなんだか嫌だけど。無償ってことは、その反対もあるわけだし。)

お金は必要だが、お金がすべてなわけではなく、大事なのは優しさと思考と与える力。 

 

● 幸せ

この間、はっとしたことがあった。

 

唐突だが、 

我が家の息子は、私が旦那さんを大好きだという気持ちと旦那さんが私を大好きだという気持ちから生まれた。

ということは、幸せはさらなるとてつもない幸せを生むんだ!!!とはっとした。

 

幸せ×幸せ=すっごい幸せ

幸せ×不幸=幸せ+幸せの余地

不幸×不幸=不幸

 

だから、仕事も幸せだと感じること(そう思えるような気持ちにもっていくこと)をやった方がやっぱりいいのだろうなぁって。

 

旦那さんに興奮気味で伝えたら、

「はあ・・・」と。

 

唖然とした様子だった。

正しい反応。

 

● 社宅

私は昔、父の社宅に家族4人で住んでいた。

父の会社と時代のおかげで家賃1万円で、場所もわりといいところ。

 

だが、超絶狭い2DKの自分の部屋もない家。

父は社宅の庭に自分の場所を見出していたし、母は台所、兄と私は、、、そんなものなどなかった。

 

もちろんプライベートなんて皆無。

電話していても誰かに聞かれている。

 

プライベートがあるとすれば、トイレぐらい。

常にどこかに誰かの存在を感じ、窮屈。

狭いから一緒にいるしかないというかんじ。

 

当時は嫌だなーと思いつつも、家を出て家族を持ってから思ったのは、あれがあったから家族の仲がいいのではないか?ということ。

(そうでなくても仲のいい家族はいくらでもいるだろうが)

 

あれがあるから、いろいろあってもなんとかなると思える。

 

● 人生

自分家の芝生を一所懸命いじっていると他人の芝生が見えないことに気が付いた。 

どんな木や花を植えようとか、草むしりとか、水やりとか。栄養剤まいたりもして。配置換えもあるし。

 

今までの自分は自分の人生に全力で気持ちを注いでいなかったのか。

 

前にもこんなようなことを書いた気がするけれど、改めてそう思う。

 

● 重っっっ

いま、人生の転換期みたいなところにいるからなのか、自分の思考がいちいち重っ苦しく感じるときがある。

 もっと違う明るい話題について考えたいのに。

常にウェット。

 

そして、全部ここで考えたことは本心なのだが、ものによっては絵空事のような本心につっこみをいれたくなることが多々ある。

ときどき、私は自分であって自分じゃないなと思う。

なんだそれってかんじけど。

自分でもよくわからない。

 

● ちゃぷちゃぷ

息子が目を離したすきに、テレビのリモコンを私のお茶にちゃぷちゃぷさせて、リモコンが使えなくなってしまった。

息子よ、そのリモコンのおかげでアンパンマンが見られるのだよ。。。

まぁ息子の近くにお茶を置いたのも、目を離したのも私なので、私がいけないのだけどね。